2015年 10月

2015年 10月25日() 聖日礼拝

 「誰が石を投げられるか」      ヨハネ福音書8:1-11


今日の聖書の箇所においては、二人の人が窮地に立たされました。一人は姦通の場で捕えられてきた女性です。彼女は石打の刑で殺されるかもしれませんでした。もう一人は主イエスです。律法学者やパリサイ派の人々によって仕掛けられた罠の質問を受けました。

 

彼らがしつこく問い続けるので、イエスは身を起こして言われた。「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい。」(7節)。年長者から順番に去って行きました。女性の側に残ったのは主イエスのみでした。イエスは言われた。「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。これからは、もう罪を犯してはならない。」(11節)。その女性は、命の終わりではなくいのちの継続を獲得しました。彼女は大きな転機を迎えました。主イエスは彼女を罪に定めないと宣言してくださいました。

 

イエスは、過去に縛られるのではなく、未来に向かって新しい歩みをするのですよと語ってくださいました。彼女の罪の罰は、主イエスが十字架で身代わりとなって受けてくださいました。私たちの罪の罰も主は身代わりとなり受けてくださいました。

                        (久多良木和夫)



2015年 10月18日() 聖日礼拝

 「避けどころなる神」          詩編 46112

 

 あの16世紀前半になされた宗教改革の中心人物となったマルチン・ルターは、大きな行き詰まりの中で、詩編46編の御言葉との出会いを通して、大きな励ましを受けました。1529年にこの御言葉を通して讃美歌267番「神はわがやぐら」(讃美歌21377番「神はわが砦」)を作詞作曲しました。この讃美歌は、その後多くの人たちを励ましました。

 

神はわたしたちの避けどころ、わたしたちの砦。苦難のとき、必ずそこにいまして助けてくださる。」(2節)神は、厳しい嵐の中に私たちが置かれる時、避けどころとなってくださいます。

 「万軍の主はわたしたちと共にいます。ヤコブの神はわたしたちの砦の塔。」(8節、12節)。どのような時にも私たちを見放すことなく、共にいてくださいます。

 

 「人々を恐れてはならない。…  恐れるな。あなたがたは、たくさんの雀よりもはるかにまさっている。」と主イエスは語られました(マタイ福音書10章26,31節)

 力を捨てよ、知れわたしは神。」(11節)は、口語訳では「静まって、わたしこそ神であることを知れ。」と訳されています。揺り動かされる時にこそ、生けるまことの神を仰ぎ信頼しましょう。

                           (久多良木和夫)



2015年 10月11日() 聖日礼拝

 「荒れ野の道で」        出エジプト131722

 

 私たちは目の前に困難なことが見えると、踏み出さなければ良かった、選ばなければ良かった、引き受けなければ良かったなどと思ってしまいます。

 

 神さまはイスラエルの民のことをご存知であったように私たちのこのようなところをもご存知です。民がどう進むのが良いかを知っておられたので「神は民を、葦の海に通じる荒野の道に迂回させられた。」のです。(18節)。そして「神は必ずあなたたちを顧みてくださいます」というヨセフの言葉にあるように、過酷な労働を強いられていた民がカナンの地に帰れるように導かれました。

 

 エジプトからヨセフの骨を携え上るということは、エジプトの時代が終わったことを意味しています。エジプトから完全に出る時が来たのです。

「昼は雲の柱が、夜は火の柱が、民の先頭を離れることはなかった。」(22節)。神さまが私たちのためにお送りくださった罪からの救い主キリストが雲の柱、火の柱として先立ち、顧みてくださり、私たちが目標に到達するまで導いてくださいます。

                           (久多良木志津子)



2015年 10月4日() 聖日礼拝

  「地を継ぐ者」               詩編19115

 

人生における悩み、苦しみは自分から来る場合と人から来る場合があります。人から来る悩み、苦しみというのは、悪事を謀る者によってもたらされます。悪事を謀る者は、平気で人が悲しむことを行い、人を苦しめます。

 

 それに対して、神さまは、聖書を通して「悪事を謀る者のことでいら立つな」と語っています(1,8節)。悪事を謀る者は絶たれます(9節)。すなわち神によって断罪されます。世界を見渡す時、シリヤの内戦、勝手なひどいことを行っている集団、指導者が人民を苦しめている国々、勝手なことをしている超大国のことが浮かんできます。

 

 「剣をさやに納めなさい。剣を取る者は皆、剣で滅びる」(マタイ26章52節)。主イエスは、自分が捕えられる時、剣を抜いて相手に切りつけた弟子にこのように語られました。「自分で復讐せず、神の怒りに任せなさい」(ローマ12章19節)。「悪に負けることなく、善をもって悪に勝ちなさい」(ローマ12章21節)

 

「主に望みをおく人は、地を継ぐ」(9節)すべてを公正に裁かれる主に信頼し、主に寄り頼み歩む者に、主は勝利をくださいます。

地を継ぐとは、神の支配を見、神の真実を知り、主に感謝し、主をほめたたえつつ生きるということです。

                           (久多良木和夫)