2015年 9月

 2015年 9月27日() 聖日礼拝   

   「心に喜びを、目に光を」         詩編19115

 

天は神の栄光を物語り 大空は御手の業を示す。」(2節)この宇宙のすべて、そして天地は神によって創造されました。私たちは天より雨、太陽の光と熱、さまざまな恩恵を受けています。

 

 教えには、父の教え、母の教え、先生の教えといろいろあります。その教えを覚えている者は幸いです。その教えは、その人が自分を愛し、自分のために語ってくれたものだからです。

 

 「主の律法は完全で、魂を生き返らせ 主の定めは真実で、無知な人に知恵を与える。」(8節)。主の律法、主の命令は、イスラエルの民のものだけでなく、全世界の民のものです。神の教えは私たちを幸いに導きます。なぜなら、神の永遠の愛が源にあるからです。私たちの心の一番深いところにある魂に命を与えることのできるのは天の神さまのみです。

 

「主の命令はまっすぐで、心に喜びを与え主の戒めは清らかで、目に光を与える。」(9節)。神は、内側からわき出る喜び、感謝を与え、目に光を与え、不安や恐れを取り除き、行き詰まりにあっても希望を与えてくださいます。

                            (久多良木和夫)



2015年 9月20日() 聖日礼拝

       「貧しい人を忘れないで」       詩編101218 

 

 立ち上がってください、主よ。神よ、御手を上げてください。貧しい人を忘れないでください。」(12節)。主への祈り求めの言葉がここにあります。

 

 貧しいものとは、金銭的に貧しい人だけでなく、立場の弱い人、権利の弱い人を含んでいます。一方富める人もいます。格差社会となったこの世界において、その差はますます大きくなっています。世界には、置かれている苦しみから逃れられない人も多くいます。

 

 天の神さまは誰の味方か?神さまは、貧しいものを顧みてくださるお方です。立場の弱い人、苦しんでいる者の味方です。

 

「貧しい人を忘れないで」という祈りは、

第1に主に祈り求める大切さを教えています。

第2に、貧しい人たちを忘れていなかという問いかけでもあります。

そして第3は、自分がそのようなところに身を置いた時には、主に寄り頼むことが許されているということです。        

                          (久多良木和夫)



2015年 9月13日() 敬老祝福礼拝

       「新たな力を得る」       イザヤ書402731 

 

突然の事故や病、災害、また大きな困難を経験する時、なぜどうしてと思います。また、神さまへの不信まで起こすことがあります。イスラエルの民も国が滅ぼされバビロン捕囚という憂き目を経験しました。

 

「主は、とこしえにいます神 地の果てに及ぶすべてのものの造り主。倦むことなく、疲れることなくその英知は究めがたい。」(28節)。主は全知全能のお方、創造主なるお方、永遠のお方です。そのことが告げられました。

 

 疲れた者に力を与え勢いを失っている者に大きな力を与えられる。若者も倦み、疲れ、勇士もつまずき倒れようが 主に望みをおく人は新たな力を得 鷲のように翼を張って上る。走っても弱ることなく、歩いても疲れない。」(29-31節)。主は疲れた者を特別に顧みてくださるお方です。主に望みをおくとは、主に自分の現状を申し上げ、自分の力ではなく、主に寄り頼むということです。

 

 主なる神は、次のようなお方です。

 ①共にいてくださるお方です。

 ②罪を贖い取ってくださるお方です。主イエスが、私たちの払うべき罪の罰を

  受けてくださいました。

 ③天国を備えてくださっているお方です。  

                          (久多良木和夫)



2015年 9月6日() 聖日礼拝

       「神に従う人の道」         詩編1:1-6

 人生における願いは人ぞれぞれ違います。ただし、共通して願うことは、確かな人生、倒れない人生です。人を木にたとえるならば、危機は、大嵐であり、干ばつです。激しい大嵐の時、多くの木々がなぎ倒されます。ひどい干ばつの時、多くの木が枯れてしまいます。木の根がしっかり張られていると激しい大嵐の時にも倒れません。オアシスや大きな川の側に植わっている木は、ひどい干ばつの時にも枯れません。

 

 いかに幸いなことか神に逆らう者の計らいに従って歩まず罪ある者の道にとどまらず傲慢な者と共に座らず 主の教えを愛しその教えを昼も夜も口ずさむ人。その人は流れのほとりに植えられた木。ときが巡り来れば実を結び葉もしおれることがない。」(1-3節)。

 

神に逆らう者の誘惑がやって来ることがあります。それに従わずに歩む者は幸いです。しかし、万が一従ってしまった時には、そのことを悔い改める主に立ち返ることはさらに幸いです。 

 

神に逆らう者はそうではない。彼は風に吹き飛ばされるもみ殻。」(4節)。神に逆らい歩む者、神を認めず、自分の力に寄り頼む者は最後に滅びに至ってしまいます。                                              

    (久多良木和夫)