2016年12月

    12月25日() 年末感謝礼拝

      「主からの力」          詩編84編113節 

     

 私たちの教会の今年最大のできごとの一つは、『伝道開始70周年記念誌』の発行でした。

 

 詩編84編には、5節、6節、13節の3カ所で「いかに幸いなことでしょう」と語られています。2016年の御言葉は、「いかに幸いなことでしょうあなたによって勇気を出し心に広い道を見ている人は。」(6節)です。

 

 勇気の原語は本来、力を意味します。広い道を見るの原語は、「シオンへの大路がある」とも訳されています。すなわち主への礼拝に心をとめ大事にするということです。

 

 主からの力ということで、3つのことを掲げました。第1は罪と世に勝つ力であり、第2は試練を乗り越える力であり、第3は人を愛する力です。罪と世に勝つことも、試練を乗り越えることも、人を愛することも簡単なことではありません。だからこそ、主から必要な力をいただくのです。

 

 「嘆きの谷を通るときも、そこを泉とするでしょう。雨も降り、祝福で覆ってくれるでしょう。」(7節)。 雨の降らないところで、嘆きと悲しみを経験しても、水が湧き出る泉をいただいているなら、感謝に変わります。主の御愛の中でその恵みをいただきましょう。            (久多良木和夫)

 

 

   12月19日() クリスマス礼拝

      「飼い葉桶の中のキリスト」   ルカ福音書2章17節    

 

 物事がうまく運ばない時、困難な問題が立ちはだかる時、もがき苦しみます。

今からおよそ二千年前、ユダヤの国はローマ帝国に支配され、税を課せられ、命じられたことに従わねばなりませんでした。

 

 マリアとヨセフは住民登録をするために、ベツレヘムに出かけました。ベツレヘムは人でごった返し、宿屋はどこもいっぱいでした。救い主の誕生がこの町で起こるなどは誰も夢想だにしていませんでした。神の御心に心を向ける余裕もなく過ごしていました。

 

 マリアは月が満ちて、この町で、救い主を産みました。その生まれた場所は立派な宮殿でも立派な宿屋でもなく、岩を掘りぬいた洞窟の家畜小屋でした。

 

 「マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。(67節)。 家畜のえさが残り、よだれがついている飼い葉桶、そこに赤ちゃんイエス様は寝かされました。 

 

 主イエスが来られた理由は、人々から良いものを受け取るためではなく、人々に良いものを与えるためでした。その良いものとは、お金や名誉といったものではありません。過ぎゆかないものです。それは罪の赦しであり、神とつながって生きる永遠の命です。

 

 私は、立派どころではない、みじめで汚れていると答えるかもしれません。

でも、あなたが心から願うなら、主は、あなたの内にお住まいくださいます。

                          (久多良木和夫)

 

 

    12月11日() 聖日礼拝

      「神からの大いなる恵み」    ルカ福音書1章2638節

      

 マリアは救い主の母として選ばれました。まだ十代半ばであり、ヨセフと結婚の約束をしていました。み使いガブリエルのみ告げにマリアは驚きました。み使いは、「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。」と語りました(30-31節)。

 

 救い主の4つの称号、それは第1に「驚くべき指導者」であり、第2に「力ある神」であり、第3に「永遠の父」であり、第4に「平和の君」です。第5には「インマヌエルの主」があり、さらには第6に「イエス」です。イエスとは神は救う方という意味です。

 

 「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる。」(35節)。 聖霊なる神のご支配とお働きの中で、主イエスはマリアの胎に宿り、人としてお生まれになりました。

 

 クリスマスの本質的な意味は、神が私たちと同じ人間になることを通して、私たち人間を罪の滅びより救うことです。

 

 マリアは、神の愛、ご支配、力を受け入れました。このようにして、救い主はこの世においでになったのです。            (久多良木和夫)

 

 

    12月4日() 聖日礼拝

      「思い悩むな」          マタイ1章1825節     

 

 クリスマスの喜び、感謝、希望は一年を通して与えられるものです。しかし、それらを打ち消すものは多くあります。この世に深い闇が覆っています。それは預言者イザヤが告げている通りです。イザヤはその闇の中に歩む者たちは大いなる光を見ると預言しています(91)

 

 イザヤ書95節において、救い主の誕生の預言を伝えています。その預言からおよそ700年してクリスマスの出来事は起きました。

 

 イザヤは、救い主の4つの称号を告げています。第1番目は「驚くべき指導者」です。第2番目は「力ある神」です。第3番目は「永遠の父」です。第4番目は「平和の君」です。

 

 マタイ福音書では、第5番目の称号を告げています。それは「インマヌエルの主」です。 「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」 この名は、「神は我々と共におられる」という意味である (23節) 私たちのすべての罪を背負って十字架についてくださった救い主はいつもあなたと共にいてくださいます。

 

 婚約者のヨセフは、マリヤの話してくれたことが、神によってなされたことを知り、マリヤを受け止めました。マリヤから救い主イエス様が誕生したのです。              

 

                      (久多良木和夫)