2016年1月

    2016年 1月31日() 聖日礼拝

     「御言葉を実行する人」      ヤコブの手紙11921

 

 「だれでも、聞くのに早く、話すのに遅く、また怒るのに遅いようにしなさい。」 (19節)。人との会話において話すより聞くことが大切です。神さまとの会話は、具体的にはお祈りと聖書の御言葉を聞くことです。

 

 神さまは、特に御言葉を通して私たちに語ってくださいます。変わらない神さまの御心を御言葉を通して知ることができます。そのことで神さまがどのようなお方か、どのようなことをお望みであるかということを知ることができます。

 

 「人の怒りは神の義を実現しないからです。」(20節)。人が怒っている時は神さまの素晴らしさを現していません。その怒りの原因を突き止めそこから解放されて行くことが大切です。怒ることは神さまの御心ではありません。怒りから解放されるよう祈り求めて行くことが大切です。

 

  「心に植えつけられたみことばを、すなおに受け入れなさい。」(21節)。御言葉に日々の生活で親しみ、御言葉を蓄えることはとても大切です。

  「この御言葉は、あなたがたの魂を救うことができます。」 (21節)。御言葉は罪や汚れから私たちを救う力があります。

 

 「御言葉を行う人になりなさい。」(22節)御言葉を聞き、それを実行することが大切です。マタイによる福音書には種まきのたとえがあります。聞いた御言葉を聞いて悟り、豊かに実を結ぶ者になりたいと思います。 

               (福永雄二師・日本ナザレン兄弟団福岡教会)

 

 

    2016年 1月24日() 聖日礼拝

      「口を広く開けよ」         詩編81編1-11節

 

 「わたしたちの力の神に向かって喜び歌いヤコブの神に向かって喜びの叫びをあげよ。ほめ歌を高くうたい、太鼓を打ち鳴らし琴と竪琴を美しく奏でよ。」(2-3節)。この年、主にしっかりつながって主を礼拝し、心から讃美を捧げましょう。

 

 「わたしが、彼の肩の重荷を除き籠を手から取り去る。」(7節)。主は共に歩んでくださる方であり、私たちそれぞれが担っている重荷をご存知で、肩の重荷を取り除いてくださる方です。

 

 「わたしの民よ、聞け、あなたに定めを授ける。イスラエルよ、わたしに聞き従え。」(9節)。聖書の御言葉と聖日礼拝の説教を通して、主が自分に語りかけておられる御声を聞く必要があります。

 

  わたしが、あなたの神、主。あなたをエジプトの地から導き上った神。口を広く開けよ、わたしはそれを満たそう。」(11節)主は、良きものを備えていてくださいます。主は、御自身に信頼し期待して、それを大いに受け取りなさいと語られています。 

 

その良きものの最高のものは聖霊なる神です。聖霊を与えられることと聖霊に満たされることは全く違います。聖霊に満たされる必要があります。

                          (久多良木和夫) 

 

 

   2016年 1月17日() 聖日礼拝

     「主から力を受けて」        マタイ福音書31317 

 

洗礼者ヨハネは、主イエスに洗礼を授けることを躊躇しますが、そうすることが神の御旨であるからと言われて、洗礼を授けました。ヨハネから、あえて洗礼を受けられることによって、罪人である私たちと連帯し、どん底まで下られた主イエス、しかし、ここで逆転が起こります。天が開いて聖霊が主に降り、「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」であると、神が宣言されたのです。この言葉を受けて、主イエスは十字架へと次第に降下していく道を、まっすぐに歩み始められました。

 

詩編84編を歌った信仰者は、おそらくバビロン捕囚で異国に捕らわれて、虐げられた生活をしている中に、神を慕い、「いかに幸いなことでしょう あなたによって勇気を出し 心に広い道を見ている人は」と歌ったのでしょう。

 

 人生の旅路においては、誰しも困難がついて回ります。現実は厳しい限りです。しかし、にもかかわらず、神にすべてを委ねることで、「神から力を受けて」、「嘆きの谷」を通る時も、そこは「泉」となって祝福され、いよいよ力を増して進み「ついに、シオンで神にまみえる」ことが約束されているのです。

                             (井上博子)

 

 

   2016年 1月10日() 聖日礼拝

        「神の避けどころ」         詩編62:1-9

                

 4節、5節には、襲い掛かって来る敵のことが記されています。ダビデ自身、サウル王から命を狙われ苦しみました。また息子アブサロムの反逆を受け苦しみました。

 

 「わたしの魂は沈黙して、ただ神に向かう。」(2,6節)。苦しみの中で、ダビデ自身、沈黙しました。なぜ、このようなことに、この事態はどう進むのかと悩む中で、心を神に向けました。

 

 今年の標語は「主から力を受けて」です。難しい問題の中に置かれても、主は必要な力を用意してくださっています。静まって主を仰ぎ待ち望みましょう。

 民よ、どのような時にも神に信頼し御前に心を注ぎ出せ。神はわたしたちの避けどころ。」(9節)。主はどのような時も信頼しなさいと語りかけてくださっています。自分自身の思い煩い、苦しみを心を注ぎ出して主に申し上げましょう。主は真の避けどころなるお方です。

 

 「どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて

祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。」(フィリピ4章6-7節)。    

                                     (久多良木和夫) 

 

    2016年 1月3日() 聖日礼拝

      「主から力を受けて」           詩編84113              

 

 詩編84編には、3回いかに幸いなことかという箇所があります。

 

 1番目の箇所は、「いかに幸いなことでしょうあなたの家に住むことができるならまして、あなたを賛美することができるなら。」(5節)です。2番目の箇所は、「いかに幸いなことでしょうあなたによって勇気を出し心に広い道を見ている人は。」(6節)です。3番目の箇所は、「万軍の主よ、あなたに依り頼む人はいかに幸いなことでしょう。」(13節)です。

 

 主から力を受けてこの年進んで行きましょう。3つの力を意識して歩みましょう。第1は罪と世に勝つ力です。第2は試練を乗り越える力です。第3は人を愛する力です。

 

 罪と世は私たちを押し流していきます。負けない力をいただきましょう。試練は突然やって来ることもありますし、大変なことが続くこともありますが、乗り越えて行きましょう。人を愛することは簡単そうで難しいものです。主より力をいただきましょう。

 

 主への礼拝を大切に捧げる中で、主につながってこの力をいただきましょう。

                           (久多良木和夫)