2016年 4月

  4月24日() 聖日礼拝

    「神をほめたたえる群れ」   ルカ福音書24章45-53節

  

 イエスは、聖書を悟らせるために彼らの心の目を開いて、言われた。「次のように書いてある。『メシアは苦しみを受け、三日目に死者の中から復活する。

(45-46節)。主イエスは十字架につけられ死なれ、そして復活されました。そのことを通して、罪の赦しを与えてくださいました。

 

 また、罪の赦しを得させる悔い改めが、その名によってあらゆる国の人々に宣べ伝えられる』と。エルサレムから始めて、あなたがたはこれらのことの証人となる(47-48節)。そのための力は聖霊降臨を通して与えてくださいました。

 

  彼らはイエスを伏し拝んだ後、大喜びでエルサレムに帰り、絶えず神殿の境内にいて、神をほめたたえていた(52-53節)。弟子たちは、主イエスの昇天の後、いつも神をほめたたえていました。聖霊によって神の愛を心にいっぱい注がれ感謝し喜びにあふれ神を賛美していました。

 

 神を賛美することほど幸いなことはありません。そのことでまた主を信じ仲間に加わる者たちが多く起こされました(使徒言行2章47節)。

 

                           (久多良木和夫)

 

 

   4月17日() 聖日礼拝

      「わたしの羊を飼いなさい」   ヨハネ福音書21章15-19節

  

 復活の主イエスは、ガリラヤ湖で漁に行き詰まっていたペトロたちに声をかけて助けられました。今も生ける主は私たちの行き詰まりを助けてくださいます。

  

 朝食の後、主イエスはペトロに三度「わたしを愛するか」とお尋ねになりました。その理由は、ペトロが三度主を否んだことを思い出させ、そのことを悔い、

 こころのしこりを除くためでした。

 

 主は、罪に苦しみ悲しむ者に、罪の赦しを与えてくださるお方です。その深いご愛によって主は癒してくださいます。

  

 イエスは言われた。「わたしの羊を飼いなさい。」(17節)。羊とは信仰を持って間もない人たちを指しています。その人たちの信仰を深めることを直接導かれるのは神ご自身です。その人たちを大事にし、間接的に信仰を深める働きが託されています。それは私たち信者一人ひとりに対してです。

                           (久多良木和夫)

 

 

  4月10日() 聖日礼拝

       「心燃やされて進む」     ルカ福音書24章13-35節

  

 私たちの心の状態は、一日の中でも大きく変わります。日によっても大きく変わります。上がったり下がったりします。特に自分のこと、家族のこと、人間関係のこと等で難しい課題を抱えていると心は重くなり元気を失います。

  

 主イエスの二人の弟子たちも、十字架の死の直後、心落ち込み、エルサレムからエマオに向けてとぼとぼと歩んでいました。

その時一人の方が二人のそばを共に歩まれました。その方こそ復活された主イエスでした。主イエスは、聖書を解き明かす話をされました。

 「メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入るはずだったのではないか。」

 そして、モーセとすべての預言者から始めて、聖書全体にわたり、御自分について書かれていることを説明された。」(2627)

  

 二人は、その時心が燃やされました。(32節)。その理由は、死がすべてではない、死を打ち破られた方がおられる、過去の喜びをもう一度いただくことができる、一人ぼっちではない、共に歩んでくださる主イエスがおられるからです。

 困難な事柄に遭遇しても、主は私たちの心を支え、勝利へと導いてくださいます。 

                         (久多良木和夫)

 

 

   4月3日() 聖日礼拝

     「いつもあなた方と共に」    マタイ福音書28章16-20節

  

 主イエスの復活は2つのことを私たちにもたらしました。

 一つは、この地上の歩みにおいて、主イエスの勝利をいただけるということです。「あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。」(ヨハネ16章33節)

 もう一つは、天の御国において、永遠の命をいただけるということです。 「しかし、実際、キリストは死者の中から復活し、眠りについた人たちの初穂となられました。」(コリント一16章33節)。死が最後ではないということです。

  

 「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」(20節)。 主イエスは、いつも共にあり、主イエスの救いに与った者を新しい存在として生かしてくださいます。

 

 「キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた。」(コリント二5章17節)。古さの中ではなく、新しさの中に生きるのです。主の御心をいつも尋ねつつ歩むのです。神御自身、「わたしは、決してあなたから離れず、決してあなたを置き去りにはしない」と言われました。(ヘブライ15章5節)

                           (久多良木和夫)